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抱きしめたいくらいに大好きな人も、顔も見たくないほど大嫌いな人も、百年後にはもう存在しない…
学校で成績が悪くても、社会に出て大成功する人もいる〓
いや、むしろ学校で成績が悪かったからこそ、社会にでたら自己実現をしようと、必死に顔晴れたのかもしれない。
だとすれば、学校で成績が悪かったということは、その人にとってむしろプラスの出来事だった。ってことになる〓
友達とぶつかり合ったとする。でも、今日ぶつかり合ったことで、明日にはより親密な仲になることだってある〓
そうなると、ぶつかり合ったことは単なる憎しみの表現ではなく、お互いの関係をより高めるための建設的な行為だったということになる〓
つまり、僕たちが何かで悩むときには、たいてい、一定の狭い時間枠の中で悩んでしまっているということ。その時間の枠を広げて考えてみれば、たいていの悩みは、悩みでなくなってしまう〓
だから、何か問題を抱えている時には、『待てよ、ひょっとすると自分は、限られた時間枠の中だけですべての価値を判断してしまっているのではないだろうか?』と考えてみる。
それによって、その問題を克服するだけじゃなく、プラスに作用させることもできる〓
昨日今日にこだわっちゃうから、不安にもなるし、苛立ちもする。もっと範囲を広げちゃえばいい。
しかし、僕ら人間は、どんなに用心して生きても、その寿命はせいぜい百年かそこら〓
樹齢数千年という樹木もあるのに、人間が生きられるのはわずか百年〓
抱きしめたいくらいに大好きな人も、顔も見たくないほど大嫌いな人も、百年後にはもう存在しない。
みんな、いなくなってしまう…。
そう考えると、この限られたわずかな時間の中で、あの人のここが好きだとか、ここが嫌いだなんて、ちまちま気にしているのもバカらしくない〓
カーテンコールで、役者さん達が一列に並んでお客さんに挨拶するシーンがある。
善人も悪人も、皆が笑顔で手を取り合う。
それこそが、百年後の僕らの姿なんではないかと、おもうんです〓〓〓
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